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本寿院 ひとこと法話

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本寿院 ひとこと法話
ブログ紹介
関東 お骨仏のお寺 本寿院
法事部からの「ひとこと法話」です。


東京都南馬込1-16-2
本 寿 院
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123 感謝の日暮らし

2016/09/03 14:27
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あいかわらず、とは言いたくはないのですが
またか、と思う嫌な事件が後を絶ちません。

自分勝手な行動で事件を起こしながら
「相手が悪い」と弁明する、本当に身勝手です。

「相手が悪いのではない そう思う心が悪いのだ」

誰しもがどこかで繋がっている私たちの社会です。
見ず知らずであっても、必ず関連して繋がっております。
お互いにお陰様の中で繋がっています。

江戸時代は見ず知らずであっても道ですれ違うたびに
目を合わせ、眼差しで会釈をされたそうです。
今でも年配の方は軽く頭を下げ、すれ違う方がおられます。
お陰様と感謝の意味を表現しておられるのではないでしょうか。

会釈とは、それこそ「釈迦に会う」それほどの意味ではないかと勝手に思うのですが
お互いが有り難い存在です、お互いに精一杯努力する姿は尊い存在です。
自分勝手な思いではありますが、そこはご勘弁を願います。

本日もありがとうございました。

関東お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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122 眼からウロコ

2016/07/31 11:29
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今朝も目が覚めました。
有り難いことであります。
もし目が覚めなかったら・・・と思う人はいないと思いますが
目が覚めなかったら大変です。

目覚めにも色々あろうかと思います。
たとえば雨でしたら憂鬱な目覚めと感じたり
あっ 新たに買った綺麗な柄の傘が使える!とか
人それぞれに目覚めは違うものです。

ですが誰しも同じことは「生きている」という現実です。
いえ、「生かされている」という「お陰様」の現実です。
どなたが造った寝具でしょうか、パジャマでしょうか
本当に見るもの触れるもの、すべてがお陰様です。

お金を払って買ったのだから「あたりまえ」かも知れません。
ですが、この「あたりまえ」という言葉すら
見直すべきではないでしょうか。

「当たり前」の説にもいろいろあるようです
「当然」また「普通」という解釈もありました。
そして「当然だろ」「当たり前だろ」と使われたり
そこには感謝を忘れている気がしてなりません。

「普通」ということが、あらためて思うと
なんと有り難い事ではないでしょうか
普通に目覚めた、それこそが有り難いことであります。

一人一人が目覚めに感謝する心を持てば
それこそ平和な世の中になることではないでしょうか。
感謝の心が薄らいで、自分勝手な事件が起きている昨今です
穏やかに目覚め、一日が感謝の日暮らしでありますよう

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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121 呼吸に順番はありますか

2016/07/06 14:57
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呼吸
読んで字のごとし、まずは「呼」で次が「吸」
「おーい」と呼んだり 「こんにちは」「おはようございます」
と先に息を吐きながら呼びかけるのが呼吸の「呼」
すると相手から返事が返ってきます、それが「吸」
何事も、こちらから動作を行うことが大事であります。

ため息をつく
これも先に吐き、次に吸っていますが
イヤな気を「ハァ〜」と先に吐き、次に吸っています
新鮮な酸素を血液・細胞に巡らしているのではないでしょうか

重いものを持ち上げる時も「せぇ〜のっ」と声を発して力が発揮されます。
まずは腹から息を出すことで腹筋が活かされる準備をするといいます。
吸ってからでは力が伝わりません。

赤ちゃんが誕生する瞬間
それまで閉じていた口を開き「オギャーーー」と呼吸が始まるそうです
これが呼吸の文字の始まりか定かではありませんが
産まれたよーと呼んでいるのかも知れません。

今 こうして呼吸が続いていることも有り難いことであります。
もちろん、地球上に酸素があってこそ呼吸はできますが
それだけではない「お陰様」あってこその呼吸であります。
自分の呼吸なのに意識せずとも呼吸ができている
父と母から授かった呼吸です、ご先祖様から伝わった呼吸です
あらためて感謝せずにはいられません。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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120 不平不満は感謝知らず?

2016/05/01 10:03
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移動には電車をよく利用しますが、いろんな場面があるものです。
声の大きな会話は聞くつもりはなくとも耳に入ってきます。
ましてやその会話が愚痴、不平不満でありますと、辛いものです。

そんな時こそいいチャンスです。
右の耳から左の耳へと通り過ぎるように声をスルーさせて
平常心でいられるよう座禅の呼吸を心がけます。
「気にしない、気にしない」 一休さんをイメージしたり
うるさくて有難う、修行させて頂き有難う、感謝が生まれます。
平常心でいられるよう、鍛錬になります。

先日は老夫婦の会話が耳に入り
知り合いの方の噂話をされていて
聞こえてくるのは、その方を褒める言葉がほとんどで
最後に「有り難いね〜」と話され電車を降りて行かれました。
心がホッとした温かい空気に、こちらこそ有り難いな〜と
こちらの会話は耳から入り心に留まり
穏やかな一日が始まった気がして嬉しく思った次第です。

どんなときも呼吸は続いております
ゆったりと落ち着いた息で過ごしたいものです。
穏やかに、平穏な心でお過ごし下さい。

長生きするには、長〜い息です。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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119 仏さまへ、無事帰ってきました。

2016/04/23 15:59
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法事を終え、お茶を頂いている折、色んな質問が出てきました
そんな中に、こんな質問がございました。
お仏壇にお参りするのは出かける前ですか?
それとも帰ってからですか?と

もちろん両方です! と答えたかったのですが
どちらかに決めないと、、そんな空気でしたので

「帰ってからがいいですね」と答えました。
出がけにローソク、線香をあげ、あわただしく出かけたあと
あれ?ローソク消したかな、、、線香は倒れてないかな、、、
心配になるものです。
最近ですと5分ほどで燃え尽きる短いローソクもありますが

無事が一番いい土産
「帰ってきましたよ、こんなことがありましたよ」と
良い報告をされながら線香を手向けることが良いでしょう

出かけている間は誰しも心配なものです
家に帰るとホッとします
それは仏さまも同じです、無事にお参りされることが一番であります。
ゆっくりとお参り下さい。

有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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118  無になるとは

2016/04/13 15:59
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誰が見ていなくとも道に落ちている空き缶をそっと拾う姿勢
ただ拾う、それだけ。落ちていた、拾った、片づけた。たったそれだけです。

そこには損得もありません、落ちていたから拾っただけです。
それ以外、何もない、思わない。

それを「無心」と言います。

座禅においても、ただ座る、座る姿勢に成りきる
座っているから、ただひたすらに座るだけ
それだけです。

何事においても、いま目の前にあることに集中すること
その時その時に命を懸けることに生きるだけ
それを一所懸命と言います。
今ですと一生懸命と書いても間違いではないと言われておりますが
本来の教えでありますと「一所懸命」です。

生きるとは、今何をしているか、そのことを生きるだけ
目の前に空き缶が転がっていた、何をするか、何をしたか。

それは「無心」があってからこそです。
そこに余計な考えはなく、ただひたすら行いに集中するだけ。
どうぞ善き時間をお過ごしになられますように。


本日も有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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117  写経ってなんのため?

2016/03/12 12:02
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写経をするのは初めてという方に作法を教えていた時の事です。
「今日は亡くなった友達の四十九日なんです」と言うではありませんか。
それで友達の為に、せめて写経をと思い、ネットで調べて来院されたとのことでした。
「とても良いことですね、お友達もきっと喜ばれます」と伝えたところ、その方は涙ぐんでおられました。
四十九日に写経、良い供養ですね。

また、自分の誕生日に写経をされた方がいたと聞きました。
ご両親に感謝の意を込め、また自分にも感謝する写経
なんて素晴らしい事ではないでしょうか。
以前のブログで自分の誕生日こそ父の日、母の日と書きましたが
写経を通じて感謝を伝える、その行いこそ親孝行の誠だと思います。

多くの方が写経に訪れますが、それぞれの思いで写経をし
およそ1時間、無心に筆を運び、書きお終えた時の充実感は計り知れません。
大切な時間を費やし自分の思いを確かに伝える、それも写経の功徳です。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道
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116 座禅のすすめ (1)

2016/03/06 17:51
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座禅の話になると決まって「何も考えてはいけないんでしょう?」
「無になるって解りません」と聞かれます。

スポーツ選手が座禅を続け、試合の結果に好成績を上げているとも聞きます。
集中力を高める訓練に座禅を取り入れる企業もあるほどです。

坐禅から得られる喜びは、まず座ってみないことには始まりません。
どんなきっかけであっても、まず体験してみること

只管打坐という訓えがあります。ただただ座る どっぷりと座るという意味です
雑念が浮かんでも気にせず、雑念にどっぷりと浸かる
座っているその時間にどっぷりと入り込む、坐禅そのものになりきる
言っていることが分からないかもしれません、伝わりにくい表現かもしれませんが
これは体験してみないことには伝えようが無いのですが
まさしく百聞は一見に如かず

まずは取り組みやすい静かな環境がいいでしょう。
雑念は誰しもありますし、日頃気にしていることはあるものです。
それを整理することも座禅ならではの方法です。
考えてもいいんです、とにかく座る、ただそれだけです。
たとえ3分でもいいんです、やってみて下さい。

呼吸を感じながら、生きている鼓動を感じながら
なんと生きていることが有り難いことか、どっぷりと座って味わって下さい。
感謝を味わって下さい、素晴らしい体験です、それが座禅であります。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道

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115  林修先生に学ぶ

2016/02/23 14:08
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いつやるか? 今でしょ!
東進ハイスクールの林修先生のお馴染みのセリフですね
耳にするたび自分を顧みています、いい言葉ですね。

世の中は 今より他になかりけり 昨日は過ぎつ、明日は来たらず
という訓えもあります。

過去のことをあれこれ考えても、
もう過ぎてしまって戻ることもできない。
明日やろうと思ってはみても
明日は来るかもしれないが誰も約束はできない
どうなるかもわからない
やることは今しかないんだという訓えですね。

私たちは今を生きています。
時間が経過しつつも、今この時は「今」であります。
それが「さっき」になり「昨日」に遠ざかって行きます。
「あの時やっておけばよかった」と悔いてみても、戻れません。
いつやるか? 今でしょ!
この今を有意義に生きる言葉をあらためて感じ
今この時を大事に過ごしましょう。


有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 禅道
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114 いつも平穏でありますように

2016/01/10 13:53
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人の欲とは尽きぬものです、ひとつ手に入れば次が欲しくなる
「欲が深い」とも言いますね、谷だから深くなるのでしょうか。

欲には五つの欲があるといいます。
財欲・色欲・食欲・名誉欲・睡眠欲
そのどれもが人間の平常心を狂わせる根源であり
平常心とは「ほどほどに」足るを知ってこそであります。

物があふれている時代ですが、大切なことが減りつつある時代でもあります。

どうぞ豊かな心でありますように。

上見れば あれが星(欲し) これも星(欲し) みんな星(欲し)
下見て暮らせ 下に星(欲し)無し


有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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113 柿の実ひとつ残すのは

2015/12/13 13:44
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法事で出かけたおり、見た光景に懐かしさを覚えました。
柿の木に一つだけ残った柿の実です。
幼いころ、全部取ったらダメだよ、一つは「木守りの柿」だからね、と母に教わりました。
言葉だけは知っていましたが、意味までは詳しく知りませんでした。

そういえばと検索してみました、「来年もたくさん実が成るようにとの願い」
先人の知恵と自然に感謝する思いが込められているんですね。

反対に「根こそぎ」という言葉もありますが、「木守りの柿」という教えからは心が豊かになる温かい思いがします。

食事を前に「頂きます」と合掌する、それには「今年も実ってくれた自然の恵みを有り難く頂戴いたします」
という大切な心も添え、大事にしたいものです。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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112 心の余裕

2015/11/11 17:42
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車のハンドルにおいては僅かな遊びがあります。
適度な遊びがあってこそ、スムーズに車が動かせ、振動も吸収されるそうです。
私たちの心にも少しの遊び(余裕)があってこそ、お互い円滑に過ごせることに繋がります。
スムーズに回すハンドルにはオイルが不可欠であり、心には何が必要でしょうか
それはやはり「感謝」というオイルですね。
感謝力の薄らいだ世の中だと聞きました、確かに感謝が無いところで事件は起きております。
「そんなこと当たり前だ」と思った瞬間が、すでに感謝力が減っている証拠ではないでしょうか。
「当たり前」と思っていたことが、なんと有り難いことであったか、そこに感謝の根本があります。
そうしてこそ心に余裕が生まれ、リスリスギスギスせずに、さび付かない綺麗な心でいることができます。
余計なことは考えず、余計を余裕に変える魔法の「感謝のオイル」を心に注ぎましょう。

このときも 
 笑顔を添えて
     ありがとう


お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友

ありがとうございました^^
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111  俳句に学ぶ

2015/11/08 17:15
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朝夕すっかり寒い季節になりました。
この時節によく思い出される俳句に

しぐるるや駅に西口東口

安住敦さんの句ですが、情景が目に浮かぶ味わいのある句ですね。
駅に時雨、降りた人それぞれが何処に向かうやら、それぞれの人生を思ったりもします。
もっとも、この句が作られたときはお互いに違う出口で待ち合わせてしまったとか
テレビでは、タレントさんが出されるお題についての俳句を詠み、先生が添削するという番組があります。
季語だったり、言葉の並べ方であったり、手直しされると、なるほどな〜と感心しながら観ております。
言葉というのは言の葉と書きますが、もとはといえば和歌からきているとのことです。
竹取物語の時代から、美しい和歌は国を安泰にさせる力があるとされたようです。
今でも大和言葉は気持ちを安らかに、日本の大事な言葉ですが、薄れつつあるのは寂しいものです。

旧くは「あけおめ」とか「ことよろ」が流行ったり、「バイブス」「ザイる」言葉は変幻し戸惑いを覚えます。
そんな昨今、あらためて俳句から伝わる感動や情景が浮かぶ言葉に温かさを感じます。

寓僧もまねて詠んでみました。

寝待月 柳に透けし たおやかに

ど凡人。

それでも面白いものですね。 また考えたくもなりました、これからも教えられることばかりです。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友



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110  ペット供養の「納骨法要」

2015/11/04 09:43
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紅葉が見頃の季節となりました。
特にカエデは色が鮮やかに変わる大木でもあり、見事に紅葉を楽しませてくれます。
葉の形がカエルの手に似たことからカエデと言われるそうですが
漢字ですと「楓」、読んで字の如くに風に揺れる枝が想像でき、自然を象徴する文字でもあります。

紅葉と渓流のせせらぎ、鳥のさえずり、涼しげな風、そんな中に居ると、この地球上に生まれた喜びを感じます。
今ここに生きてる実感があり、生かされていることにあらためて感謝せずにはいられません。

そんな紅葉の好時節に、本寿院では「ペット供養」の納骨法要があり、
日光にございます別院「円光観音様に出かけてまいりました。
自然の中にある円光観音様に納骨されるペット達もさぞかし大自然に喜んでいることでしょう。

山高い場所にあり、それこそ自然に還る環境の中で安らかにと念じ、法要を厳修いたしました。
聞こえるのは鳥のさえずりと風に揺れる枝葉の音だけ、静かでいい処です。
爽やかな好天の中、無事に納骨を終え、可愛い動物達の冥福を祈りつつ帰路に立ちました。

ペット供養申込みの施主様は、共に過ごされた時間が、どれほど充実し楽しい時間であったことでしょうか。
これからも毎年秋にはペット慰霊祭を行ってまいります。どうぞご安心下さい。

亡きペットに感謝し、思いやる優しい心をこれからも大事にされますよう祈念申し上げます。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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109 そうだったのか!

2015/10/22 17:54
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皆さんは、突然思い出し、ハッと気がついたことはないでしょうか。

実は、なぜ思い出したのかも分かりません、急に気がついたことがありました。
小学1,2年生だった頃、ご飯を残したときだったと思います。
「ちゃんと食べないと目が見えなくなるよ」と、おばあちゃんから言われ
まさか目が見えなくなるなんて、と思いつつ、「ふぅ〜ん」と空返事した自分がいて

その風景が脳裏に甦ったと同時に「そうだったのか!」という思いが、つい最近ありました。
その「目が見えなくなる」という言葉が、肉眼のことではなくて、心の眼ではないかと気がつきました。

米は八十八の手間がかかっているとも言われております。
野菜にしても、どれほど大変な作業であったか、思いを馳せることが心の眼であり
その眼が見えなくなるよと言ってたのではないかと、やっと分かった気がして、「そうか!」と
感謝する心の眼のことだったんだと解釈できたとき目が覚める思いでした。

今は亡き祖母の言葉、真意は定かではありませんが、そう納得することが供養でもあると信じます。
「ありがとう」と心の内で合掌し、心の眼で見る大事なことを教えてくれた祖母に感謝します。

本日は手前味噌な話になり、恐縮に存じます。

何か気がついていただければ幸甚です。    合掌

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友


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108 仏様の言葉「丁度良い」

2015/10/17 13:04
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お前はお前で丁度良い

顔も体も名前も姓も、それはお前に丁度良い

貧も富も親も子も、息子の嫁もその孫も

それはお前に丁度良い

幸も不幸も喜びも、悲しみさえも丁度良い

歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない

お前にとって丁度良い

地獄へ行こうと極楽へ行こうと、行ったところが丁度良い

うぬぼれることも無ければ、卑下することも無い

上も無ければ下も無い

死ぬ月日さえも丁度よい

仏様と二人連の人生

丁度よくないはずがない

丁度よいのだと聞こえた時

憶念の信が生まれます

南無阿弥陀仏


良寛さんの詩と伝えられていましたが
真宗大谷派常讃寺坊守(住職の妻)藤場美津路さんの詩と言われています。
「気付き」を諭してくださる有り難いお言葉に、合掌  ただただ合掌。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友



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107 若いって素晴らしい

2015/10/14 16:56
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「若い頃はなぁ。。。」とか「若かったら。。。」という話をよく聞きます。
10年前は今より年も若いでしょう、それは確かです。
しかし、その年代に戻ることはできませんし、消極的な発言に聞こえなくもありません。
過ぎ去った遠い時間だけを若い頃と言う、でもちょっと待って下さい。

昨日と今日と明日と、時間が進む中で、いつの自分が若いでしょうか。
昨日の若い自分は過ぎてしまいました。ですから今が若い。
明日の今の自分と比べると、今のほうが若い。

若大将と呼ばれて人気のある加山雄三さん、いつまでもお若いですね。
何でも興味津々で、街を散歩し、今を楽しんでいらっしゃいます。
それが若さの秘訣かも知れません。

今風な言い方をすれば「ウォーキング」ですが、この始まりといえば
1964年に開催された東京オリンピック以降に「歩け歩け運動」が推進されたことから今に続いているそうです。
「生活習慣病予防(脂肪の減少、血圧の安定等)」に効果があり、さらに「脳を鍛える」「骨を強くする」等々の効果も期待できるとのことで、歩くことは非常に健康増進によいそうです。

お互いに健康でありたいものです。
生かされている、この今に感謝し、心も健康であれ。
健康でいるには多くのお蔭様があってこそです。
誠に有り難いことであります。

本日も有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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106 どっこいしょ

2015/10/11 12:34
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めっきり年をとったのか、起き上がるときや、立ち上がるときなどは、つい「どっこいしょ」と口に出てしまいます。
しかし、これは腰痛、特にギックリ腰予防にもなると聞きました。
行動するぞという自覚が大切で、無意識に瞬時に動いたときなどがギックリ腰(急性腰痛症)になる事が多いそうです。

この「どっこいしょ」は「六根清浄」ろっこんしょうじょうから来たというのはご存知だったでしょうか。
昔から、山登りするときなど「六根清浄、六根清浄」と唱えながら登ったそうです。
六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意(心)の働きのことで、
眼は不浄を見ないように
耳は不浄を聞かないように
鼻は不浄を嗅がないように
舌は不浄を味あわないように
身は不浄に触れないように
意(心)は不浄を思わないようにと
心も身体も無垢清浄で在りますようにという「六根清浄」と言う祈りで、それが「六根浄」となり、やがて「どっこいしょ」となったそうです。

「どっこいしょ」いつも行動に伴い祈念する唱えごとなんですね。
腰痛だけでなく心のゆとりにもなる言葉「どっこいしょ」

さて、用を足しに出かけます「どっこいしょ」

本日も有難うございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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105 仏心とは

2015/10/07 12:51
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花を観て「あぁ 綺麗だなぁ」 と思う心、それが仏心です。

ですが、その仏心を忘れてしまってるかのような嫌な事件、ニュースがなんと多いことではないでしょうか。
花を観ても何とも思わず、自分勝手な欲望を満たすかのような残酷な事件もあります。
花も懸命に生きて綺麗に咲かせております、それは花の使命であります。
では私たちの使命は何でしょうか、この尊い命の使い道は何でしょうか。
その意味を踏まえたうえで、お互いを大事に思い、生活していれば悪い事件など起こらないはずであります。

使命とは「人に喜ばれること」とも言えるのではないかと思います。
最近の嬉しいニュースに、ノーベル医学生理学賞を受賞された大村智先生がいらっしゃいます。
アフリカや中南米で広がる人間の熱帯病「河川盲目症」による失明を毎年4万人の人達を防いでるとか。

その研究により、どれほどの方が喜ばれたことでしょう。
仏様のような方だな、と思いました。 アフリカの方からみると神様のように尊ばれることでしょう。
仏心、ほとけごころが在ってこその研究の日々であったことと拝察申し上げます。

本日もお読みくださり、ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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104 あとつつき

2015/10/04 14:37
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雨が降り続く朝のこと、電車を降り改札を出たところで見た光景です。
前を歩く若い女性が傘の先を後ろに向けて持ち、腕が振られることで傘も前後に動きながら歩いていました。
あぶないなと思ったその瞬間、人混みを走って抜けようとした小学生に傘の先があたったのです
怪我にはなりませんでしたが、どちらも何も無かったかのように先を急ぐいつもの光景に戻りました。
顔に当たらず良かったなぁ、と思いつつ、危険というのは本当に一瞬のことだなと改めて感じました。

昔から、長い棒を持ち歩くときは後ろに気を配り、縦に持つことを「あとつつき」と言ったそうです。
傘も同じで、なるべく縦にする気配りを持ちたいものです。

傘といえば「傘かしげ」という言葉もありましたね。
すれ違う場所では相手に傘のしずくが垂れぬよう、お互い外側に傘をかしげ通り過ぎること
それこそ平和な光景が目に浮かびます。

その朝は電車の中でお洒落な柄の傘カバーを持つ女性を見ました。
洋服が濡れないように、また回りにも気が配れるいいカバーですね。
ちょっとした手間で忘れものや間違い紛失にも防止できそうだなと感じました。

「雨奇晴好」うきせいこう
雨の日であっても晴れの日であっても、どちらも好き日として受け入れる教えです。
その時を感じ、学びつつ歩んでいきたものです。

ありがとうございました。 

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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103 ひとやすみひとやすみ

2015/09/30 14:48
あれほど暑く寝苦しかった夜が嘘のように朝夕涼しい時節となりました。
暦の上では秋分、七十二候では「蟄虫培戸」 むしかくれてとをふさぐ
てんとう虫やクワガタは成虫のまま木の根元に隠れ、春までジーッと耐えるそうです。
次に目を開けるのは半年後、よく寝れるものだなと羨ましくも思えますが、腰が痛くなりそうです。

さて、本日は仏像の半眼のお話です。
ご存知のように眼は半眼に開き、おだやかな口元で優しく見守ってくださいます。
なぜ半眼かと申しますと半分は外を、半分は内を観ている、という説がございます。

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私ども人間は眼を開いて前を見ているばかりに、人のことは見えても
あんがい自分のことは見えていない、そんな風潮にあるのではないでしょうか。

そんな教えを説いているかのような半眼は、「今在る自分を見つめながら前を向く」という
意外と難しく忘れがちなことを諭してくださっているのではないでしょうか。

坐禅の姿勢も半眼であります、時には心を座らせ一休み一休み。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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102 そうだ!嬉しいんだ生きる喜び

2015/09/23 14:42
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本日は秋彼岸の「中日」です。
シルバーウィークの中 ご家族揃ってお墓参りをされた方も多いことでしょう。
お墓には塔婆がたくさん供えられております。
塔婆には切込みが四箇所ありまして五重の塔を表し、上から梵字が五文字書かれております。
梵字の読みは上からキャ・カ・ラ・バ・アと読み、意味合いは下記のようになります。

「空」 ― 地、水、風、火の要素に宇宙をも含む空間の提供を行う要素
「風」 ― 適度な湿度、空気の流れ、温度、気圧などによって快適な環境を与える
「水」 ― 全ての動植物に不可欠な水の提供
「火」 ― 昼夜、季節、エネルギー、熱意、情熱、活力の源である光と熱をもたらす生命の維持に必要な要素
「地」 ― 地磁気と重力によって地球上の全ての生物・無生物への影響力を行使

地球上に生ける森羅万象、すべてに必要不可欠な五大要素を表し、感謝の表れとしての五重の塔であります。

また、先祖供養には欠かせない塔婆であり、ご戒名の上には「」と記します。
1周忌供養の為、三回忌供養の為、五重の塔を1棟建てるほどの供養の表れとしての塔婆です。
まだ小学低学年の頃、学校はどうだったか、友だちと遊んだか、と学校から帰るといつも母に聞かれました。
どんなことがあったか答えるたびに、「そうかいそうかい、になったね」と応えるのが母の口癖でした。
良くない行いには「そんなことをしたらにならないよ」と怒られたものでした。

今思うと、自分の為だけではなく、それ以上に思いつかないほど大きな言葉なんだなと感じます。
自分、先生、友人、学校、両親、兄弟、回り巡る「」の意味に改めて感銘を覚えます。

何の為にお蔭様の中で生かされているのか、今朝も何の為に食事を頂き一日が始まったのか
彼岸の中日に思う「そうかいそうかい、為になったね」の想いでした。

ありがとうございました。 

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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101 見ざる 聞かざる 離さざる?

2015/09/18 10:35
猿にまつわる話を聞きました。
農作物を食い荒らす猿からの被害に困った国の話です。
猿を捕まえる方法として、ちょうど猿の手が入る穴を開けた箱に餌を入れ、仕掛けて置くそうです。
猿は手を入れ餌を握ったら決して離さないので、握った拳が箱から抜けずに逃げることもできず、簡単に捕まってしまうという罠です。

これは決して人事、、、もとい、猿事ではないなと思われませんか? 
欲が作り出す愚かな現象は人間社会にも大いに在り得ることではないかと思われます。
離せば手が抜けることは明らかで簡単なことですが、それがなかなか難しい事柄でもあります。

「放てば手に満てり」という道元禅師の言葉がございます。
欲を捨て、執着心を捨て、あるがままに柔軟に対応できる心であることの教えであります。
その時どうすれば良いか、それは心が空(柔軟な心)であるからこそ対応ができるというものです。

餌を離せば猿もさっさと逃げることができたはずです。
昔から歌われていましたね。 餌 餌 餌ホイ サッサ♪

大変失礼いたしました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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100 お供えの 「お萩」に映える 曼珠沙華

2015/09/13 17:03
当院の宮本より「ひとこと法話」を引き継ぎました、法事部の法友と申します。
以後、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


9月20日になりますと秋彼岸に入り、中日である秋分の日は23日です。
彼岸明けは26日となり、1週間の秋彼岸を終えます。
ご先祖様を敬い、今在ることに感謝をお伝えすべくお墓参りをされる方も多いことでしょう。
お供え物として一番多いのが「おはぎ」「ぼたもち」ですが、二つの言い方の違いにつきましては
健康一番」の話を参考にしていただき、本日は「墓石」に関わるお話を申し上げます。

「この窪みはなんですか?」
墓前にて埋骨法要を読経の際、問われたことがあります。
楕円形に彫ってある溝のことですが、ご先祖様に水を供える「水鉢」です。
あるいは天からの恵である「水」を受け止める「天水受け」とも申します。

このような例えがございますので、一端をお聞きください。

溝が浅いので、少しの風でも、すぐ波風が立ちます。
深い溝でしたらそんなに波は立たないものです。
私たちの心も同じこと、浅い心だと些細な言葉でもすぐキレたり、言い返したり、すぐ荒波が立ちます。
深い心でどっしりと構えていれば争うこともなく、関係に波風が立たないものです。

また、たとえ三角の窪みであっても四角の窪みであっても、水は隅々まで行き渡ります。
その水のように、隅々まで気が配れるような心でありたいと教えられる溝でもあります。

お墓参りの際には良い報告ができるよう、穏やかな心で日々を大事にお過ごしください。

お読みくださり、ありがとうございました。 

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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99 自力と他力

2012/05/06 13:50
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自力で救われようと修行する者、只、ひたすら慈悲ある覚者を信じてお任せする者。
現代風に云替えれば幸福を得るる為に一生懸命頑張る者、只、ひたすら家族親族知人を頼り任せる者と解釈すればどうだろう 一生懸命努力をして初めて認めてくれてまわりから力を貸してくれるものと思う
頑張りすぎて嫌われることもあり任せっきりで非難されることもある。お互いに認め合って歩み寄ると素晴らしいかな

本寿院 宮本



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ブログ再開

2012/05/06 11:35
しばらくブログをお休みしていましたが、久しぶりに更新しました。
本寿院掲示板の「言葉」すこしずつお話させて頂きたいと思います。 
これからもよろしくお願いします。
本寿院 宮本
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98 心は丸く

2008/05/12 17:13
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『人を大きく上にして 心は丸く 気は長く 腹は立てずに横にして 己は小さく下にあれ』

どこかでご覧になったこともあろうかと思います。
人という字がとても大きく書かれ、そのまま読んでも非常に分かりやすい表示です。
心という字もまんまるに書かれていますね、気はながーく書かれています。
己というい字は下のほうに小さく書かれています。

人というのは自分ではなく他を指していて、尊重する意味合いですが
それこそ自分のほうが大きいんだというような、上から目線の風潮に教訓を与えております。

角がたつことばかりの多い世においては心を丸く保つことが大切であります。
昔は丸いちゃぶ台に家族が輪になり、夕食には一家団欒の時が楽しいものでした。
それこそ和になる風景であります、懐かしくもありますが、もう一度見直すべきの今ではないでしょうか。

誰しも丸い心をもって生まれたのですね、ま〜るい地球に生まれたのですから。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 禅道
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97 気は心から

2008/04/08 16:07
働きたいけどなかなか職場がみつからなくて・・・ 私の周りにもよく聞く言葉です。
話を伺ってみるといろんな条件を出してくる、どうやら見つからないのは自分の都合のようです。
仕事があっていいですね、と言われ「お陰様で」と応えるのですが
働かずにも生活されている、そちらのほうが羨ましいばかりなのですが・・・
「動ける身体」がありながら動かないのはもったいない、人が動くと書いて働くという字ですから
あとは「やる気」ですね、他がどう言おうと紹介しようとも本人の「やる気」にまかすしかない。

人には沢山の「気」があると以前に書きましたが思いつくままに書いてみますと
元気 病気 本気 強気 弱気 気分 気品 気心 気配 気骨 気性 正気 気力 
まだありますが、気をなくさぬよういつも気を付けていないと生気さえ失いかねません。

朝「いってらっしゃい 気をつけてね」とは車などに気をつける意味合いもありますが
本来は自分の「気」を自宅に忘れないよう身体に付けていく意味だそうです。

冒頭の「働きたいけど・・・」という「けど」には気力も薄れている一因もあるのではないでしょうか。
動ける今に感謝し、大いに役立ててこそ人生であります。

余談ですが
何のために働くかというと、自分が楽になるのではなく
「はた」が「楽」となることを「はた楽」というそうです。
「はた」とは「傍」 傍に居る人、あるいは周りのことです。

ありがとうございました。

お骨仏のお寺 本寿院 法事部 法友
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96 桜咲く

2008/03/30 16:57
関東にも桜前線が訪れ今や満開の見頃ですね。
新しい生活のスタートに制服・スーツが店頭を飾り一歩踏み出す季節であります。

人生の新たなスタートにそれぞれ希望の念を抱き歩みだすことでしょう。
日頃、今を大切にしましょう、と伝えておりますが『念』」とはまさしく『今の心』と書きます。
今なにをすべきか、目の前にある事柄を大事にすること、それが一歩になり進むこと
「念ずれば花開く」という教えもありますが、そのためには水をやり、手をかけ
綺麗な花を咲かせるよう言葉をかけてあげる、その時の今の心を大事にしてこそであります。

今年も桜が楽しめました「ありがとう」感謝せずにはいられません。
今ある命、まだまだ何度も観たい満開の桜、それには今を大切に。

ありがとうございました。






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95 他是非吾

2008/03/11 16:46
「他は是 吾に非ず」

自分の仕事を他の人にしてもらっては、自分のしたことにはならぬ、という教えです。
仕事を避けることはできませんし、避けても決して気持ちのいいものでもありません。
そこには達成感もありませんし、せっかくの命ある時間を無にしてしまいます。
縁あって授かった命、時間でありますから有意義にしてこその人生です。
他から「こう生きなさい」というものでもありません。
自分から気づき道を選び、自分なりの人生を楽しんでこその命
他を羨ましがったりしても、あのようになりたいと望んでも決して同じにはなりません。
他は是吾に非ず、誰しも人それぞれその人にしかできぬ事がある
自分をも尊重することであります、それこそ御先祖様、ご両親に報恩感謝の最たるところであります。
どうぞこれからも自身を大切にし、吾は吾として今この道をしっかり踏みしめ歩まれますよう
今なすべきことに集中し悔いのなき時間を過ごすこと
今この時に打ち込んでこその人生であります。

ありがとうございました。

本寿院
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94 はなてばてにみてり

2008/02/27 10:23
昨今の暗いニュースにおいては一度手にしたら二度と離すものか
というような私欲物欲身勝手な誠に残念な話題が多いものです。

「放てば手にみてり」 曹洞宗永平寺開祖道元禅師の教えです。
心を開き相手と真の対話をする、開かねば何も始まりません。
心にゲンコツを握っていては分かり合える、分かち合う事などできません。
手を開いてこそ合掌ができる、感謝の心が伝わるということでしょう。

野菜が美味しそうに育ったからお隣に分けてあげよう
明日は向こう隣の田植えだから手伝いにいこう
それは心の土壌を耕し、やがては綺麗な花を咲かせることでしょう
誰しもが花の種を持って生まれてきていることに気づきましょう。

あかちゃんは手を握ったまま生まれ、数ヶ月もすると可愛い手を開きます。
きっと幸せを握ってきたのではないでしょうか、そして幸せを放ってくれるのですね。

みんなこうして生まれ、育てられ今があります。
いつの時でも今を大事にしてこそ感謝の花が開きます。

ありがとうございました。

携帯ブログ「ひとこと法話」
つちぼとけのお寺「本寿院」
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93 天気予報

2008/02/14 10:08
「明日は天気が良いでしょう」

天気予報でよく聞く言葉ですが、そのたびに思うことがあります。
年のせいでしょうか、一言多いかもしれませんが

天気が良いのではなく

天気が悪いのではなく

勝手に天気を決めつけているのです。

天気は天気であって、大自然の中に生かされているわけですから、
そこに我が身を任せるしかないのです。
良いとか悪いとか差別もなく、気をすりへらすことなく穏やかに過ごすこと
そう自覚して何事も平穏に心を保つ、そうすればこそ心の天気が
「明日も天気は良いでしょう」となれば幸いなのであります。

雨を待つものあれば嫌うものあり されど雨はそれさえ知らず 雨は大地を潤す

ありがとうございました。
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92 節目の節分

2008/02/01 11:48
正月もあっというまに過ぎ、もう二月ですね、早いものです。
節分といえば豆、食べる豆がひとつ増えるのはいいことなのか残念なことなのか・・・
「年を取る」といいますが、取るということは年齢が減っていくのではないかと思ったりもして
どこから取ってくるのでしょうか、日本語は難しいものであります。

年齢を重ねるということは貴重な時間を重ね、それだけに人として大きく成長するものであります。
年末にもなりますと1年を反省し、新たなる年に思いをめぐらせ、さらに先に進むべく誓うこと
年頭に感じたことを忘れず再確認すべく節分があるものだとあらためて感じます
季節の分かれ目といわず、節目に分かること、それも節分の意味ではないでしょうか
それだけに竹のように強い節目をつくり、さらに次なる貴重な時間で自分を養うこと
節目があるからこそ強い風にも折れず柔軟に人生を歩むことができる。

いつまでも青く強い竹でありたいものです。
松竹梅と二番目の竹ではありますが、一番でなくとも謙虚に過ごし感謝の心を絶やさずよう
節分に思うひとことをお伝え申し上げます。

ありがとうございました。

本寿院
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91 桜梅桃李

2008/01/02 17:41
2008年の新年が明けました、おだやかなる新年を迎えられましたことと拝察申し上げます。
更新もまばらなこのブログに訪れていただき感謝いたします、ありがとうございます。

さて、桜梅桃李 =おうばいとうり
という教えがございます。
大意は、桜は桜らしく咲くのみ、梅を羨ましく思ったり、桃になろうと思ったり
スモモに憧れても桜は桜としてただただ咲くのみ
それぞれが自分らしく咲くことの大事さを詠っております。
子育てにおいても隣の子と比べることなく、個性を尊重し、その子しか出来得ぬことがある
それをのばしてこそ、生命を育むという教えでございます。

紅白歌合戦で「世界に一つだけの花」という唄が流れました、メロディに乗せて思いが伝わります。
自分がなんの花なのか、どう咲けばいいのかさえ悩み発揮できぬ昨今の社会の中で
この唄からなにを感じ、なにをなすべきかを改めて心に思い仕切り直しをして欲しいものです。
新たなる年明けに再確認しながら、さらに前進すべく善き道しるべとなる応援歌ではないでしょうか。

どうぞ本年もご自愛されまして益々のご健勝を祈念申し上げます。
ありがとうございました。

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90 偽とは

2007/12/25 16:05
月日が過ぎるのは本当に早いものだと感じる年末であります。
もう一年が過ぎ去ろうとしています、毎日が過ぎ去る時間ではありますが
その時その時を懸命に過ごされてきた皆様方であると拝察申し上げます。

さて、今年を象徴する1文字が「偽」となりましたとニュースで報道されておりました。
さまざまな事が起きましたね、やはりこの文字に決定したのかと残念でなりません。
「偽」という文字は「人の為」と書きますが、自分さえよければのようなニュースばかりでした。

本来のこの文字の成り立ちはと申しますと「人が為す」という行為を表すそうです。
手で作り上げること、手を加えてすることでありますが、嘘に手を加え本当のようにみせかける
ということでしょうか、そういう文字すらもあるということさえ可哀想な文字でもあります。
ニュースを見るたびに「またか」と思えますし、そういう場面でばかり出たくない文字君でしょうね。

冒頭にも書きましたが「人の為」という解釈になればいいのにと思うばかりであります。
もちろん人とは自分も含めてのことであります、お互いが感謝の意を分かち合うためにも
文字から学び生活に生かしていきたいものであります。

ありがとうございました。

つちぼとけのお寺本寿院
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89 ご多幸を祈ります

2007/12/05 17:21
電車の中で会話が耳に入りました。
入ったというよりも聞かされた、という表現のほうが適切ですね。
座席でご夫婦が口論してるんですが、なんと離婚話でありまして、それも大声で。
時と場所というものがあろうと思うのですが、周りの乗客も迷惑顔でした。
部屋に帰ってもその会話が耳に残ってました。
夫婦とは・・・。


夫という文字は「二人」を重ねて書きます。
二人で一緒になったからこそ夫になり、当然一人では夫にはなれません。
二人であることの重要さをあらためて感じる「夫」という字ではないでしょうか。
本来の文字成り立ちとは違うかも知れませんが、そんなことを気づかせて頂きました。

そして「二人」という字を並べ替えてみますと「仁」という文字になります。

「仁」とは、思いやり。いつくしみ。したしみ。
他と親しみ、思いやりの心をもって共生することへの意味合いがございます。
またひとつ気づき教えられました、社会の場面から学び何を思うかが大切であります。

ご夫婦に、皆様に幸多かれ。

ありがとうございました。
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88 思いやり

2007/11/28 11:06
先日、歩道上で後ろから自転車に乗った男性に追い抜かれる際
「ジャマだろ」とひとこと言われてしまいました。
ジャマをするつもりなどありませんでしたし、急に声をかえられビックリしました。
そもそも歩道とは歩行者専用であったはず、本来自転車は車道を走るのでは?
気になり調べてみました、自転車は歩道上では押して歩く、歩行者優先であるとのこと。
自転車の歩行者への通行妨害は2万円以下の罰金も処せられるそうです。
車の通行量の多い都会では歩道上を走るほうが安全であることは確かではありますが
歩道を走らせて頂いているのですね、謙虚な気持ちでペダルを漕ぎたいものです。

社会のルールとは、それは「思いやり」あってこその平和なる生活を築く手段。
お互いの命を護る、お互いの命を尊重する、それが第一番の規則(ルール)。
何事にもルールはありますが基本はここから始まることであります。

邪魔と言われたお陰でルールについて気がつくことが出来ました、感謝です。

ありがとうございました。
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87 つちぼとけ

2007/11/01 15:59
つちぼとけのお寺「本寿院
つい先日も読売新聞に掲載され多くの問い合わせが続いております。
ご自身の手で作成する「つちぼとけ」に平和や先祖供養を祈願する
土を練るのは50年ぶりですと楽しげに作成されるご年輩のお姿もあります。
だんだんと出来上がって来る仏様を拝見しますと
作成する方のお顔になぜかしら似てくるのは不思議ですね
穏やかなお顔があったり叱咤激励するかのような厳しいお顔
丹精こめて出来上がった際、みなさん必ずといっていいほど合掌して拝むんですね
心から「ありがたい」と思って自然に合掌する姿に感心いたします。
仏様を拝むのではなく、拝むからこそ仏様なのです、本当にありがたい仏様であります。
その心がこもってこそ作成できた仏様ですから、どれもみないいお顔をしております。

わが心 笑みに宿りし つちぼとけ」 禅道 愚句

ありがとうございました
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86 気の持ちよう

2007/10/30 16:53
先日、タクシーで移動したときのことです。
「お疲れさまです!どちらまで行かれますか?」と明るい対応に清々しい気持ちになり
それこそ、その日の秋晴れのように爽やかな気分でした。
ところが走りだしてまもなく、運転手さんの鼻歌がかすかに聞こえてきました。
楽しそうに運転するその姿に、今を生きることの大切さ、充実さをあらためて感じ取りました。
その運転技法にも安心感さえ与えてくれる鼻歌であり、ほのぼのとした時間であります。
以前に「人は誰しも師匠」と書きましたが、人から学ぶことは本当に多いものです。

日々是好日

雨であっても風の強い日であっても、渋滞であっても、その時を楽しむ余裕
せっかく預かった命、身体、楽しんでこその人生であります。
素晴らしい借り物であります、お返しする日まで存分に楽しみ過ごしたいものです。

先日の運転手さんに感謝しつつ
ありがとうございました。

本寿院
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85 大事にする心

2007/09/25 16:45
先日朝早く出かけたときのこと、ゴミ捨て場を通りかかったときでした。
まだ新しい大きな「ぬいぐるみ」が捨ててあり、
そのぬいぐるみの目がなんとも寂しげに見えてしまい、こちらもうつむいてしまいました。
捨てた事情はあろうかと思われますが、現代を反映してるかのような光景でした。

「一切の衆生、悉く仏性有り」という教えがございます。
「いっさいのしゅじょう、ことごとく ぶっしょうあり」
森羅万象あらゆるものには仏になる可能性があるという教えであります。

物にたいする仏心がぬいぐるみを仏にするのであります。
子供がぬいぐるみを愛おしく抱き、寝る際にも離さぬほどの思いが宿る
それが仏心であります、その仏心がぬいぐるみを仏にする。
その子にとっては、かけがいのない心の拠りどころ、仏心で繋がった心の仏様です。
たとえ古くなったときにも親が粗末に捨ててしまっては子供の仏心が花散ってしまいます。
物を大切にしましょう、という教えもすべてこの事柄から伺うことができます。

世は使い捨て時代、コイン1枚でおおよそのなんでも買い替える時代において
物を大事にする心が薄れていくようで寂しい感もいたします。
せめて不要になった際でも感謝する心を大事にしたいものです。

ありがとうございました。

本寿院     人形供養
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84 自分とは

2007/09/05 18:46
このところ夜ともなりますと、ようやく涼しさを感じるようになりました。
窓を開け涼風を入れ、ほっとした時間の中に突然爆音が響き渡ります。
バイクの騒音、それこそアクセルいっぱいです。 それだけではなく
アクセルの加減でしょうか、メロディのようにも聞こえます。
聞くとどうやら「咲いた〜咲いた〜」チューリップのメロディのように聞こえます。
なるほど上手いものだな・・・ などと感心している場合じゃありません。
せっかくの涼風に思わず窓を閉めてしまいました。

ストレス・不満・うっぷん晴らし・自分の存在を見て欲しい・誰もわかってくれない
温かい家庭・会話、どれか欠けているのかな、とも推察したりして
事故さえ起こさなければいいがと・・・遠く去って音が消えてから窓を開けます。

人に迷惑・・・ それはたぶん当の本人も解っているのでしょう。
しかし、そうせずにはいられない自分がいることは目の当たりにして現実です。
聞いて見たくもなります「楽しいですか?」と
楽しくはないと思います、心には必ず「本当は解っています」という本音があることを
それが仏心であり、お陰様の感謝の念を育てれば騒音などあり得ません。
原因があるはずです、ですが当の本人しかわかり得ぬこと
あとは本人が気づくことしか方法はないのかと、ただただそれを念ずるのみです。

自分とは自ら分かること、探している途中なのか遠く走り去る騒音に考えさせられました。
どうぞ仏心を咲かせましょう、綺麗なお水を注ぎましょう。
綺麗なお水、それは感謝の念から湧き出るものでしょう。

ありがとうございました。




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83 とらわれぬ心

2007/06/06 14:01
梅雨が始まったというのに朝晩はまだまだ涼しい今日この頃です。
梅雨はうっとおしい、じめじめとしてイヤな季節ですよねという声も聞こえます。
しかしこの梅雨があってこそ水の確保が出来るともいえます、自然は良く出来ていますね
ところで、これから暑い季節を迎え、お店などに入りますと冷たいオシボリがでますね
冷たくてとっても気持ちいいものです。
ですが、何年も前のことですがある店で夏の暑い日に、広げるのにも熱いオシボリがでました
そのときは「この暑いのに・・・」と思いつつ、出された熱いオシボリで汗を拭きました
顔を拭くのは失礼かもしれませんが、とっても汗をかいてたものですからつい
ところが熱いオシボリで拭いてみますと、シャワーをあびたあとのような爽快感が生まれました
冷たいオシボリもいいのですが、熱いと拭いたあとの爽やかさが違いました
それを知っていてわざわざ熱いオシボリにしているのだなと感心いたしました
思いやりなのですね、それ以来、夏は暑いオシボリと決めている自分がいます
冷やしたオシボリもありがたいものですが、夏は冷たくと言いかねる発見がありました

物事というのは「こうでなくては」という観念がないものだとも思います。
「とらわれぬ心」仏教の教えですが、一本のおしぼりからも垣間見られた瞬間でした。

ありがとうございました。
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82 布施とは施しの心

2007/05/22 17:39
このような質問がございました。
「お布施ってお寺により違うのですか?」
確かに地域により違いがあり戸惑うところもあろうかと思われます。
そもそも布施とは「施しの気持ち」でありますから
一概に「○○円」とハッキリ伝えられると「お布施なのに」と思われることもしかたありません。
しかし金額を提示されないと困るのも「お布施」なのです。
少ないと失礼に当たらないか、多ければいいのだろうけど、そんなに余裕もないし・・・
ですからある程度金額を取り決めることがお互いに和を保てるということでもあります。

施しとは「無償の心」であります。
神社などでお賽銭を投じ「なにかの役に立てて下さい」という気持ちで施します。
祈願札を見てますと「おやおや・・・」と思うことがあります。
それは「○○高に合格させて下さい」「○○大学に合格宜しく!」などと書かれておりました
それは施しではありませんね、さぞや神様もお困りのことでしょう。
受験するのは当の本人なのですから「合格しますように」という願いならば助けたくもなりますが
「合格させて下さい」ではあまりにも勝手すぎる願いであります。

お布施もしかり、「これだけ払うのだから成仏させてくれるのだろう」
そうではありません、働いて得た大事なお金からの施しは気持ちの表れです
命の尊厳さを感じ、亡き仏様に感謝の誠を捧げます
そして神社仏閣の維持に役に立てて下さいという施しの心が布施であります。

お賽銭箱に「喜捨」という文字を見たことがあると思います。
「捨」とはまさしく「施し」の意味合いがあります
生きてる証を喜んで他のために施しをする。
家の作物が育ちお隣にもお分けしましょう、という施しと同じなのです。
お返しの期待などもちろんなく、日頃の感謝がこもっているのが施しです。
生かされている今に感謝しましょう。

ありがとうございました。
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81 お陰様

2007/05/12 18:59
昨今ですとお通夜・葬儀・法事にいたるまで葬儀会館にすべて任せることのできる状況です。
年回忌が近づきますと、料理から引き出物までダイレクトメールが届きます。
案内状やお礼の郵便まで手配してくれるという便利な社会であります。

しかしながら、そういった昨今においては便利は増えても減るものもあります。
それは「お陰様」の心ではないでしょうか。
それなりの経費を払うのですから「お陰様」の心に違いありませんが
もっと対人関係に深い関わりのある大事な「お陰様」が減りつつもあると思うのです。

ひと昔ふた昔を振り返りますと、お通夜・葬儀においてはご近所の皆様方のお世話になりました。
通夜の接待まかないから夜食にいたるまで、ご近所の方の手を借りずには済ませません。
そこには「お互い様」の無条件なる奉仕精神が宿り、深い繋がりのある社会でした。

どこそこで田植えがあると聞くと順番に手伝いに行き、周り巡って自分のところも助けてもらう。
人の手を借りずとも便利な世の中にあって失われつつある「お互い様」「お陰様」
今一度周りを見渡してみましょう、あらためて感謝すべきお互い様があふれております。
そこに気がつきながらの生活がどんなに心豊かにお互いが丸く平穏であるか
これからも仏心を育てながら自分を育んでの生活にいたしましょう。

本日の法事席に於いてふれた話の一端でありました。

ありがとうございました。
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80 自分が変わること

2007/05/08 17:27
水子供養に関わらず、多くの悩み相談も本寿院には寄せられます。
自分自身の中では対処できず苦しみを聞いて欲しい
なにかアドバイスが欲しい等、心の相談を受けることも大事な宗教本来の伝導であります。

生まれたかぎりはどのように生きるべきか、それが宗という文字に現れます
ウカンムリ に示す と書きます
それは宇宙を示すとおっしゃった方もおられました
あまりにも大きな言葉すぎて訳がわからない、これも宗教は難しいと言われる所以でしょうか

本当に摩訶不思議な縁をいただいて私どもは此処に存在します。
これも宇宙的に考えれば不思議としか言いようがありません。

出会ってお互いを必要としたから一緒になり
そして今生活に不和が生じ、心を痛め自分だけが鬱になってしまう
他人には到底わかり得ぬ悩みを持ち、それでも誰かに聞いて欲しい
そんな悩みを聞いてると、やはり欠けてるものが見えてきます。
「思いやり」です。
ああこの人はこういう人なんだと諦める(明らかにすること)
人を変えることはできずとも自分が変わることはできます。
相手が変わらないことに心を痛めず、そう認めることで自分の心を穏和にする
これも「思いやり」ではないでしょうか。
人として本当に大事な思いやりを大切にして欲しいと切に願います。

思いやりのある宇宙・世界・家庭・生活がどれだけ素晴らしいことか
悩みを聞きながらも自分に言い聞かせ他を師と敬い徳を頂いた思いです。

本当に摩訶不思議であります。 「他を師と敬う」言葉が生まれました。

ありがとうございました。


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79 誕生日

2007/04/29 11:13
来る5月13日は「母の日」ですね。
カーネーションを贈ったり、母に感謝をする日です。
父の日は6月17日 
いつの日からか国民の行事のひとつとしてカレンダーにも表示されております。
なにか人に言われて「感謝しなさい」という感じもしないわけでもありません。
いえ、むしろ良いことなのですから、ひねた言い方は良くないですね。

しかしながら、あえて一言言わせていただくと
感謝する日は別にあるのではないかと思います。
それは「自分の誕生日」です。
父、母のお陰様でこの世に自分が誕生し、今現在ここに在る命
お誕生日プレゼントを頂くのは自分ではなく、父母なのです。
産んでくれてありがとう、ここまで育ててくれてありがとう。
その感謝の意を込め、誕生日こそ「父の日」「母の日」であります。

母の日を迎える前に、このようなことを伝えるのは水を差すようでありますが
今一度、誕生日に感謝する心を見直していただければと思い、一言申させて頂きました。

ありがとうございました。
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78 ペット葬儀

2007/04/10 16:55
本寿院ではペットのご葬儀も厳修しております。
家族の一員として永く愛してきたペット(我が子)の葬儀。
悲しいときは黙って側によりそう我が子、楽しい時はシッポを振って共に喜ぶ我が子。
ある方が「この子は息子より素直だったんですよ」と息子さんの前で話してました。
比べられた息子さんも可哀想ですが、よほどペットが可愛いかったのでしょう。
亡きペットから教えられた優しさや思いやり、これからも心に生活してほしいと願います。

ペットが亡くなった際、人間扱いしてはだめだという伝えもありますが
命の尊厳さを身をもって教えてくれた我が子です。
その大切なことを自身が守ってゆくことこそ供養であります。
今ある命、保って永く生きること、最善の供養として心したいものです。

ありがとうございました。
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77 花に学ぶ 

2007/02/16 12:41
本寿院では多くのお位牌をお預かりしております。
「また来たよ〜」と明るい笑顔で参拝し、お土産のお菓子等をお供えされていきます。
旅行に行かれても、どこにいても仏様を思う姿が優しく、感動する瞬間です。
これこそ日頃お話させていただいております供養の日暮なのです。
そこには今自分は何をなすべきか、何が仏様に対し供養になるのか
辛いけど前向きに歩く術(すべ)を仏様から学んだ真の勇気があります。

春が来る、あの厳しい寒さに耐え、木々には新芽が膨らみはじめ
自然はいつも変わらず巡るものです
愚痴もなく、投げ出さず、ただただ咲くのみ。
小さくも大きくも野に咲くも人目に咲くも花は花であることに変わりなく
人は人であるためには何が大切なのか、花から学び前進したいものです。


風吹樹動 春来花開」 風吹かば樹動き  春来らば花開く

ありがとうございました。
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76 心せよ 鬼は外より 内に棲む

2007/02/01 15:19
本寿院の門前にある掲示板に掲げた句です。

鬼の話となりますと「こぶとり爺さん」の昔話を思い出します。
鬼に「こぶ」を取られた話ですね。
しかしながら、あれはおかしいという説を聞きました。
取ったのではなく「取られた」のだから正しくは「こぶとられ爺さん」ではないかと
そんな話題を話し合っていましたら、こんなことを言った友人がいます。
「あの爺さんは少し太ってたんだよ、だから【小太り爺さん】なんだ」と
そうですか、本当は「こぶ取り爺さん」ではなく「小太り爺さん」だったんですね(^^)b☆
・・・話が大きくそれましたが

「あれも欲しいこれも欲しい」という鬼もいます。金銀財宝すべて奪いたい
そんな悪い鬼を払うべく豆で退治する、外から来るものではないという格言ですね。

秋田の「なまはげ」のような、子供達が悪い子に育たぬよう叱咤する鬼
「こころを鬼にして」という、ある意味良い鬼もいたりして
悪い鬼ばかりではない世の中ですが、節分に改めて感じることが大切であります。

子供達にも伝えるべき以前に自分から見直すべき節分がやってまいりました。
豆をどこにぶつけるか、これからの歩みに思う節分であります。

ありがとうございました。
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75 自分というもの

2007/01/21 12:54
つい最近ふとしたことから自分が恥ずかしい思いをしました。
そんなとき思い出した言葉があります。

「相手を思いやり慈愛の心を持って、ものをいう人を利功者といい
自分の都合だけで、 ものを言う人を我がまま者という」

後悔しました、そして、そこに気がつかされたという感謝の念さえ覚え
これからの自分をどう進めていくかに精進しなければならぬと心しました。

生命を活かすということは自分ひとりではとうていできるものではありません
他の恩恵を受けながら、そこに感謝の心を持ってこその命であります。
相手から頂いた気を保って「気持ちよく」これからも生活して行きたいものであります。
次の「今」が、どうあるべきかを自ら分かること、これが自分というものだと痛感しました。
知らされた相手に恩返しをすべく進むことこそ、せめてもの気持ちであります。

他は是みな師匠、感謝いたします。

ありがとうございました。
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