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zoom RSS 128 生きる意味とは

<<   作成日時 : 2017/02/04 18:02   >>

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「生きているのではない 生かされているのだ」

朝、目が覚めて一日が始まり、夜、休むまでの間
いったいどれほどの恩を受けて一日を終えるのだろう
寝具も然り、洗面にかかわる物、歯ブラシから、すべてがお陰様である
見るもの、触れるもの、ありとあらゆる物が自分に関わっている
人は一人では生きられない、母の胎内に命が宿ったときから守られ、今に至っている

人は、やるべきことがあって生かされている
このことに気づかないところで悪い事件が起きている
やるべきこと、それは最大の恩を受けた両親に対する恩返し
今ある命、身体は父母が出会い、縁があって自分は産まれることができた
摩訶不思議な縁があって、母の胎内に芽生えた命
やるべきことは、この身体に感謝し大事に保つこと、それが恩返しである
親というものは子供が成長し、たとえ50歳60歳になろうとも子供は子供
風邪ひいてないか、身体は大丈夫か、それだけが心配な両親である

それに応えるべく身体を大事に保つこと、それには自分一人では到底叶わない
衣食住すべてお陰様である、そのことに感謝し、自分のできることでお陰様にお返しをする
社会の一員となり、自分が得意な分野で社会にお返しをする
それが「生かされている」ということである。

勝手に生きている勘違いをしているから余計な思い(自分勝手)で事件が起きる
一人一人が「生かされている」ことに感謝してこそ平和な世の中になるはずである

今日も生かされている、ありがとうと合掌した両手の温かさ、それは両親から引き継いだ温もり
今日も無事、明日も無事でいられますよう祈念申し上げます。

本日もありがとうございました。

関東 納骨・お骨仏のお寺 本寿院 法事部:禅道

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